虐待の歴史を調べています。


昨日、あまり動かず、おとなしくしていたので、今日は、わりと調子がいいです。

今日は、まだちょっとだけですが、虐待の歴史について調べてみました。

まだ、ほんの入口程度だし、私の主観が混じっていると思うので、これから書く内容は、全てが正解ではないことをご了承下さい。

アメリカでは、1800年代から、児童虐待が問題として取り上げられていたようです。

日本では、児童虐待が問題視されるようになったのは、20世紀後半に入ってからのことです。

1989年に、全国児童相談所協会が行った調査が、きっかけになったようです。

1989年は、私は、15歳でした。

自分の記憶でも、虐待という言葉をニュースで聞くようになったのは、高校生の頃だったので、一致しています。

でも、現実として、私は、幼少期に虐待を受けていますし、私の父親も虐待被害者です。

虐待は、「しつけ」という、都合の良い言葉に隠れて、長い間世間に浸透しませんでした。

2002年頃に、『乳児ゆさぶれっ子症候群』について、母子健康手帳に掲載され、注意が呼びかけられるようになったそうです。
この『乳児ゆさぶれっ子症候群』というのは、生後6ヶ月以内の新生児や、乳児の体を過度にゆさぶることで発生します。児童虐待ともなりうるので、2010年頃から、社会問題のキーワードにあがるようになりました。
私が時々カウンセリングを受けている、虐待を研究している小児科医の方は、ボランティアで、全国各地の妊婦さんに講演をして、虐待を未然に防ぐための活動をされています。

法律としては、2005年に、児童虐待防止法が制定されました。

国の対応は、あまりにも遅すぎですね。

虐待についての知識が乏しい精神科医があふれているのも、分かるような気がします。

現在でも、まだ、虐待の現状は、世間に正しく認識されているとは思えません。

虐待に関心を持った、数少ない精神科医たちは、やっと虐待されている子どもたちの治療を始めたところです。
先日、対応してくれた厚生労働省の精神科医の話によると、現在進行形で虐待を受けている子どもへの介入は、私のように過去の虐待被害をこじらせた人より、傷が少ないので、その傷が多くなる前に対応するだけで、いっぱいいっぱいの状態だそうです。そして、虐待に関心を持てていない精神科医たちへの意識改革が必要だと話していました。

こういう虐待の歴史をみていくと、私のように虐待後遺症を抱えて生きづらさを感じている人への対応は、いつになったらできるようになるのか?という疑問を感じます。

小児科医と精神科医がタッグを組むと、もう少し、状況改善が早められるような気がするのですが、私は、そういう話は聞いたことがありません。

私は、病院での勤務経験があるので、チーム医療の難しさを知っています。
看護師視点でみると、それぞれのメリットを活かし合ったらいいのにと思うのですが、それぞれの診療科での強いこだわりとプライドが、お互いを潰し合っている場面を嫌というほど見てきました。

このように、虐待の歴史をちょっと調べただけでも、虐待後遺症を抱えた人の問題が社会問題として取り上げられるのには、相当な時間がかかりそうだと予測されます。

私が望むものは、下手したら、私が生きている間にはできないかもしれません。

でも、私は、動かずにはいられないです。

単に、自分の虐待後遺症が治ることがゴールではないからです。

引きこもりの私が、こんなスケールの大きな話をするのは変かもしれませんが、私が目指しているのは、虐待がこの世からなくなること、虐待後遺症を抱えた人が生きやすい世の中になることなのです。


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たくさん調べて教えていただいてありがとうございます。

「愛の鞭」「しつけ」という言葉があるから、虐待を正当化されてしまっているのでしょうね。

暴力をふるうほうに愛情があっても、ふるわれるほうは、愛情など感じませんから。

私は今となっては、虐待だったのか、なんだったのか分かりません。でもとても痛い思い、怖い思いをしたので母親の子育てをお手本にはできません。

虐待の知識を広めて、あらゆる方向からの支援が必要ですね。

ぴよさん、こんばんは。


ぴよさん、byhです。こんばんは。
コメント、ありがとうございます。

今日の記事は、本当にちょこっと調べた程度です。それだけでも、いかに日本の虐待対策が後手になっているかを痛感しました。

虐待は、加害者、被害者、第三者によって、起こったことの受け止め方に違いが出てしまうところがやっかいだと思います。

「しつけだから」、「これは我が家の教育方針だから」と言ってしまわれると、第三者は踏み込めません。
被害者は、幼く、誰かに助けを求めることもできません。親が怖い存在であっても親に従わざるを得ない状況を作られます。
加害者は、できるだけ他人の目に触れない所で虐待をします。

それに加えて、世間は『親を敬うのが当たり前』な風潮があるので、虐待され、傷つきながら大人になった人には、更なる苦しみが待ち受けています。

私は、自分を殺しそうになっていた親を尊敬なんて、絶対にできません。
殺人容疑者が他人なら、被害者が「絶対許せない、死刑になって当然だ」と言っても、世間は同情してくれますが、殺人容疑者が親の場合は、なぜか世間は「親に向かって何言ってんの?」となります。

それは、虐待の本質を世間が知らないからです。

そして、その本質を正しく認識しているのは被害者だけです。

だから、私は、世間にこの現状を知ってもらいたいと思います。

虐待には、色んなかたちがあります。
内容がどんなものであっても、ぴよさんが心を痛め、怖い思いをしたということは、残念ですが、虐待に該当すると思います。

ぴよさんは、過去にそういうつらい経験をされたのに、お母さんになられているところが、私は、すごいなと思います。

ありがとうございます。子供と関わる中で、普通に虐待の話ができたらいいなと思いますが、タブーなのかな?子育て支援センターでは個室に入って話を聞いてもらったことがあります。

虐待されたという目で見られるのも苦痛だし、知らずに虐待してしまっている人も、たくさんいるでしょうね。

親の耳に入ったらと思うと怖いです。1年半前まで親と離れた場所で出産子育てできて、実家近くに戻ってから、親子関係がおかしかったと、確信したところです。

連鎖を断ち切らなくては!

難しいですよね…。

ぴよさん、こんばんは。byhです。

人前で虐待の話をするのは、本当に難しいことだと思います。

私は、ちょっと前に、子どもさんが2人いる友達( 私が虐待被害者であることを知っている人)と話をしている時に、心療内科での診察のことを聞かれたので、虐待の話題になったことがあります。

その時、友達が急に泣き出して、「私は子どもにこんなことしてしまったんだけど、それって虐待になるの?」と聞かれました。実のところは、全然虐待ではなかったので、「それは全然虐待じゃないよ」と答えましたが、私の方もかなり動揺しました。子どもさんがいる人の前では、特に話題には気をつけようと思いましたね。

母と子の関係については、私の場合、最初は心療内科の先生に「お母さんとの関わりが摂食障害に影響してるから、距離を取るように」と言われたんですよ。

でも、私の母親はボーダーラインなので、空気が読めなくて、私がいくら距離を置こうとしても、ぐいぐい来られて、どんどん体重が減ったんです。それで、私は縁を切ることにしました。

先生も、「お母さんが、もっと話の分かる方なら、縁を切らずに程よい距離を取りながらやっていけただろうけど、あなたの場合は、病気を治すには縁を切るのも仕方がないね」と言っていました。

ぴよさんとお母様は、適度な距離を取りながら関係が保てたらいいですね。

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プロフィール

byhfs

Author:byhfs
はじめまして。byhfs ( byh )と申します。
2015年の夏に、摂食障害と診断され、仕事を休職しています。
摂食障害の原因は、過去の母親からの虐待と過干渉でした。
摂食障害だけでなく、うつ、対人関係の悩みや、引きこもり、フラッシュバックなどの虐待後遺症を抱えています。多重人格にもなってしまいました。
そんな虐待後遺症を克服するために、日々もがいていることをブログに書いています。
よろしくお願いします。

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