リベンジ( 復讐 )か?当然の報いか?


本を読んでいて、ふと思った。

もう、結構前の話になるが、
私は、自分の虐待と向き合うようになって、
今まで自分の意識からも封印されていたいくつかの虐待を思い出した。

一度、心療内科受診の日ではない時に、
どうしようもなくなって、電話をし、診察してもらったことがある。

多分、冷静ではなかった。
狂っていた。

それで、今まであの女にされたことを、本人の前で暴露し、謝罪を求めたいと先生に言った。

先生は、
「あなたのお母さんは、ボーダーライン( 境界性パーソナリティー障害 )の可能性が極めて高い。
1対1で会うのは危険。それに、『こういうことをされた、その時自分はこう思った』というところまでなら良いが、
『謝罪を求める』のは、リベンジにあたる。良くない。」
と言った。

そして、後日、私は、手紙( 手書きは嫌だったし、しびれで字が書けなかったのでワード入力 )を作り、妊娠検査薬の男に間に入ってもらって、あの女に渡している。

手紙を渡す前には、先生に内容を見てもらった。
不本意だったが、『謝罪を求める文章』は入れなかった。

最終的には、後に私は、先生に相談せず、妊娠検査薬の男も挟まずに、
あの女にメールで謝罪を求めて失敗し、慰謝料を求めて失敗し、分籍届を出した。

でも、正直なところ、私は、まだ納得していない。

なぜ、私があの女に謝罪を求めることがリベンジに該当するのか?

私のように30年以上前にされたこと、他人の目に触れないところで起きた傷害事件や殺人未遂事件は、
裁判は起こせないし、加害者が血縁者というだけで、世間の視線が違ってくる。
赤の他人がしていたなら、当時、即逮捕、刑務所行きだっただろう。

もし、私があの女を殺したら、それは復讐と受け取られても仕方がないと思う。

しかし、やってはいけないことを犯したことを認めない人に、そのことを認めさせ、謝罪を求めることが、
『リベンジ、復讐』と言われることは納得できない。

私の中では、これは、『当然の報い』であると認識している。

私の手元にある辞書では、
『報い』とは、
①以前した行いの総決算としてその人に与えられる、負の結果。

②仏教的な意味における現世の果報、
また、現世的な意味における報酬・復讐。

とある。

私は、①としての『報い』であると考えている。


自分の犯した罪に気づいていないあの女に、真実を突きつける。
そして、罪を認め、償うことを求めているのだ。

その際には、加害者は『取り返しのつかないことをした』と後悔したり、
自分を責めて苦しむかもしれないが、
私は、『あんたは、それくらいの罪を犯したのだ。しっかり反省しろ。』
と思う。

私の場合は、それすら叶わなかったけど…。

でも、これは復讐か?

私は、ここに世間との溝を痛感している。

私は、間違っているのだろうか?

どう思われますか?

【追記】

ボーダーライン( 境界性パーソナリティー障害 )には、
いくつかの型があります。
あの女は、感情が抑えられず、ヒステリーになり、
どんな行動を起こすか分からないタイプです。

すべてのボーダーラインの方が、危険という意味ではありません。




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byhさんこんばんは

命にかかわるひどいことをしても、何も責任をとらないのは、道理として間違っています。

被害者は様々な障害を抱えて生きていかなければいけないのに、手をさしのべてもらえない。理不尽です。

加害者には、罪を償ってもらいたい。

私の母親には、何を言ってもだめだと思いました。何を言っても仕返しが返ってきます。もう母のことは諦めたい、どうでもいい人だと思いたい。でも、心の傷はなかなか消えません。

加害者は、幸せではないと思います。どれだけ人を傷つけても、どれだけ親切にされても満たされないのだから。人の気持ちが分からず、周囲に迷惑をかけながら一生を終えるのも不幸だと思います。

byhさんは大事にされるべき人です。

ぴよさんへ。

ぴよさん、こんばんは。byhです。

コメント、ありがとうございます。

私、またぴよさんに救われました。

後で、記事にしようかと思っていますが、私は、この記事は、かなりメンタルやられたギリギリの状態で、残った力を振り絞って書いたつもりでした。

だけど、昨日はアクセス数は、普段とそんなに変わらないのに、反応は今ひとつな感じで、ショックでした。
これが、現実だなと思いました。

でも、ぴよさんだけはコメントしてくれました。
嬉しいです。
本当に、ありがとうございます。

もうぴよさんには何回助けていただいたことか…。

ハートネットのカキコミ板にも、唯一ぴよさんがコメントをしてくれました。

私が死にたくなって、狂ってしまった時も、ぴよさんは助けてくれました。

自分では正論を言っているつもりでも、間違っているかもしれません。
だけど、反応が薄かったら、間違ってるか?正しいのかすらわからなくなります。

味方がゼロと、1人いるのとでは、心に感じる重りの重さが全然違います。

ぴよさんは、その心の重りを軽くしてくれました。

私は、昨日の悔しさと、ぴよさんの優しさは絶対に忘れません。
勇気を下さって、本当にありがとうございます。

No title

byhさん、こんばんは。
美鳥です。

byhさんが一番助けが欲しいときにブログ観れてなくて、ごめんなさい。

今読みました。

私は30代の時に何度か母親に泣きながら、今までの苦しみや思いを話してみたことがありますが、何度やっても「そっか、そっか、それは知らなかったよ、ごめんね。でもさ、明日も仕事だから、もう寝ようよ」と淡々と言われ、より一層傷ついたのと、本当に通じないことがわかり、諦めました。

だから、もしかしたら、お母さんの対応が、どうであれ、byhさんがもういいと思うまで対決するのも、一つの手かとも思いますが、それが得策かはわかりません。

殺意は私もあったので、よくわかるつもりです。

でも、殺したところで、byhさんがもったいないです。

うまくまとまってないかもだけど、とにかくbyhさんのこと、大事に想ってます。

美鳥さんへ。

美鳥さん、こんばんは。byhです。
コメント、ありがとうございます。

私は、あの女から謝罪してもらうことは、今はもう望んでいません。

いくら言っても時間の無駄だと判断し、あの女を捨てました。

そして、今、私が力を注いでいることが、『私のような思いをする人がいなくなる世の中づくり』です。

だから、私は、「○○されました、つらいです。」だけでは満足できないのです。

気持ちを吐き出すだけでなく、この現状をひとりでも多くの方に知っていただき、虐待後遺症を抱えた人も生きやすい風潮に変えたいのです。

今は、だいぶ落ち着きましたが、温度差みたいなものは感じますね。

何かを感じても、それを伝えられない人がいることも分かってはいるつもりです。

昔、自分もそうだったから。

要領が悪いなと自分自身思っています。
自分で自分の首を絞めていると感じることもあります。

だけど、愚痴って終わりの世界は、私のスタイルではないと思います。だから、挑み続けます。

No title

たびたび、美鳥です。

うまく汲み取ってあげれない私で、却って不快にさせてしまったとしたら、ごめんなさい。

美鳥さんへ。

美鳥さん、コメントありがとうございます。

美鳥さんからのコメントに、私は癒されましたよ。

心の重りが軽くなりました。

不快だなんて、一切思いませんでしたよ。
安心して下さいね。

こんな不器用な子ですが、これからもよろしくお願いします。

No title

byhさんを不器用だなんて、思いません。

情熱的で、まっすぐで、とてもかわいい女性です。

私たちが、おかしいんじゃなくて世の中が鈍感でおかしい人が生きやすいようになってるんだと思います。

これからも応援します!

美鳥

美鳥さんへ。

美鳥さん、コメントありがとうございます。

私は、曲がったことは嫌いな反面、物事を斜め目線から捉えてしまうこともある、かわいげのない子ですよ。

でも、美鳥さんからの応援は、まっすぐに受け取りました。

いただいた力は、必ず次につなげます!

本当にありがとうございます。

No title

私は、間違っているのだろうか?

という問いかけに対して
僕なりに考えてみると

間違ってはいないです。ということになります。

やられたらやりかえす
自然な感情だと思います

しかしながら

物事に対する考え方は
百万通りあってもいいと思います

もしも僕がbyhさんなら

仕返しは、さっさと済ませて(裁判にかけるとか)
自分が受けた虐待のことは忘れる努力をします

あんたの事など意識の片隅にもないわ!
というスタンスを貫きます

そこに取られるエネルギーを
自分がやりたい事にまわします

仕返しに手を貸すのは
イジメっ子とかヤクザとか犯罪者とか弁護士、、、

限られてます

そうではなく
多くの人の共感を得るためには
活動の理由が仕返しではなく

純粋に人の為である必要がある
気がします

あくまで僕個人の考えです

猪木原さんへ。

猪木原さん、こんばんは。byhです。

コメント、ありがとうございます。

私が、他の人から共感がもらえないのは、
根底にリベンジ感、仕返しの気持ちがあるから。
ということでしょうか?

ほとんど寝ていないので、考えがまとまっていないかもしれませんが、
私の中では、
謝罪を求めたことは『仕返し』ではなく、『権利』だと認識しています。
あの女の命を狙う、外傷を与えるなどの行為は『仕返し』だと思いますが。

こんにちは猪木原です

byhさんが他の人から共感をもらえてないとは思いません

謝罪を求めたことは『仕返し』ではなく、『権利』なんだ
という考えも間違ってないと思います

ただ、世の中にはいろんな考え方をする人がいて
中にはおかしな考え方の人もいて
僕の考えることも変わった人なのかもしれません

なので、どうか気を悪くしないで欲しいのですが

ボーダーラインの人が

『取り返しのつかないことをした』
と後悔したり、自分を責めて苦しむ

という事があり得るのかな?という疑問は感じます

それと、byhさんのブログからは強い憎しみを感じます

そこから早く解放されないと
しんどさ辛さが続くのかな?という気がします

僕はなんの専門家でもないので
気がしますだけでモノを言ってしまって
申し訳ありません

猪木原さんへ。

猪木原さん、こんにちは。byhです。
コメント、ありがとうございます。

別に猪木原さんのコメントで、不快になったりはしていませんのでご安心下さい。

私は、去年までいい子ちゃんでした。

あの女に虐待されたことも、話題にしたことはなかったです。

でも、生まれて一番最初の対人関係に躓き、その後の対人関係にも影響したという自覚はありました。

摂食障害の原因が過去の虐待にあると分かった時、自分の虐待っと向き合わなければ、摂食障害は良くならないと思いました。

そして、ボーダーラインの可能性が極めて高いあの女に、自分がされたことをぶつけました。

謝罪は多分ないだろうとは思っていました。
実際、ありませんでした。

そこで、あの女を捨てました。

命を落としていたかもしれない虐待を受け、学校ではクラスメートに無視をされ、守ってくれると思っていた先生にもいじめられ、職場でも浮きまくり、挙げ句の果てには、仕事ができない状態になりました。

ここまでの打撃を受けて、憎しみを持たずにいられるほど、私は、人間ができていません。

ただ、その怒りの気持ちや苦しさ、悔しさをあの女にぶつけることは、もうやめました。

そして、虐待問題に取り組むようになりました。

だから、取り組みの根底に憎しみがあると言われたら、「はい、あります。」となります。

でも、その気持ちがなかったら、私は、ここまで真剣に虐待問題とは向き合っていなかっただろうなと思います。

こんにちは猪木原です

取り組みの根底に憎しみがある

それでは駄目だから改めなさいと言うことなど
誰にもできないです

むしろ、そのくらい自分をはっきりと持つ
というのは良い事だと思います

人の考え方は自由です
中には嬉しくない意見もあると思います

インターネットの世界は文章だけで
込み入ったコミュニケーションは難しいですが

上手く乗り越えながら
自分もやって行きたいと思います。

猪木原さんへ。

こんにちは。byhです。

コメント、ありがとうございます。

私は、人としての器が小さい人間です。

でも、自分の意見と同意見の方が正しく、自分と違う意見の方が間違いとは思っていません。

色んな考え方があって、いいと思います。

この記事は、自分の考え方が狭い枠の中にあるような気がしたので、他の方のご意見が聞けたらいいなあと思って書いたものです。

貴重なご意見を聞かせていただき、ありがとうございます。
プロフィール

byhfs

Author:byhfs
はじめまして。byhfs ( byh )と申します。
2015年の夏に、摂食障害と診断され、仕事を休職しています。
摂食障害の原因は、過去の母親からの虐待と過干渉でした。
摂食障害だけでなく、うつ、対人関係の悩みや、引きこもり、フラッシュバックなどの虐待後遺症を抱えています。多重人格にもなってしまいました。
そんな虐待後遺症を克服するために、日々もがいていることをブログに書いています。
よろしくお願いします。

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