今日の取材について ~その1~


今日も、がっつり3食したbyhです。

お腹が満たされたので、取材のことを書きたいと思います。

今日、私を取材して下さったのは、
長谷川 美祈( はせがわ みき)さんという写真家さんです。

『虐待を視覚で表現する』
という活動をされています。

もし、関心を持たれた方は、長谷川さんのお名前で検索すると、
ホームページが見ることができます。

ただ、私は大丈夫でしたが、過去に長谷川さんのホームページに載っている写真を見てフラッシュバックした人がいるらしいので、その点はご注意下さい。

取材の流れは、インタビュー→写真撮影でした。

写真家さんなので、写真がメインのようですが、
インタビューを丁寧にしていただきました。

長谷川さんにお会いした時の私は、byhでした。

でも、昨日のガムテープの件があるので、途中でB子になるかもしれないこと、フラッシュバックを起こしても、ギリギリまでは頓服薬を使わず、ありのままの私を取材してもらいたいと思っているけど、マジでヤバい状況になったら頓服薬を飲んで取材を続行したい旨を伝えて、インタビューが始まりました。

インタビューは、私が自由に幼少期からのことを話していくスタイルでした。

私のブログを読んで下さっている方はご存知の内容になりますが、

・物心ついた頃から既に虐待はあった。

・インパクトが強い虐待は、
回っている洗濯機の中に入れられたこと。

泣いている時に私の体の上にあの女が馬乗りになって、ガムテープで私の口をふさいだこと。

これは、カウンセリング中に思い出したことで、しばらく私の記憶から封印されていたもの。
いまだにガムテープを見るとフラッシュバックする状態であること。

泣き止まない私の喉に、あの女が指を突っ込み、血が止まらなくなったこと。
その時連れて行かれた病院は、かかりつけの病院ではなく、知らない病院だったこと。
先生に、「どうしてそんなところを怪我したの?」と聞かれたけど、あの女が睨み付けていたから、本当のことが言えなかったこと。

・上記の虐待がインパクトの強いもので、叩く、蹴る、怒鳴り散らすは日常的だったこと。

・学校のテストでは100点取らないとしばかれていたこと。

・過干渉が止まったのは、中学生の頃。
過干渉がなくなった代わりに、「離婚したいのに、あんたが未成年やから離婚ができない」と毎日のように言われていたこと。

・派手な夫婦喧嘩をした後に、あいつらはセックスしまくっていたこと。

・就職してからも、毎月「勤務シフトをメールしなさい」と言われて、スルーしてるとストーカーのように電話をかけてこられていたこと。

・摂食障害の診断を受けた時に、先生から「病気の原因は親子関係では?」と言われて、あの女と距離を置こうとしたが、空気が読めない女は、過干渉がヒートアップしたこと。

・上記の内容を手紙に書き、私は、あの女に心から謝罪をして欲しかったが、
謝罪するどころか、私の知らない虐待をさらりとカミングアウトした上、本人は虐待をした自覚はなく、
「頭が真っ白になった時にしたかもしれないが、身に覚えがない」と言われたこと。

・あの女をゆすって、慰謝料を求めたが、それも拒否されたこと。

・この時点で、分籍することを決心し、実行したこと。

・手書きで、あの女にされた内容を記載し、今後一切あの女と関わる意思はないことを親戚とのトラブル時には見せる準備をしたこと。

・本当は、医師の診断書も欲しかったが、書いてもらえなかったこと。

などを話しました。

長くなるので、一旦ここまでにします。



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大変でしたね

こんばんは。
byhfsさんが受けた虐待は私には想像がつかないような虐待ですね。
私の場合は暴力はなく、ネグレクトに近かったと思います。
よく我慢して生きてこれましたね。
今まで、こんな事があっても生きてきたからこそ、インタビューを受ける事もできたんですよね。
もしかしたら、国やマスコミで問題視してくれるようになるかもしれませんね。
ありがとうございます。ポチ

カメ子さんへ。

カメ子さん、コメントありがとうございます。

よく言われます。「かなりひどいことされて、よく今まで仕事してたね」と。

確かに、私の受けた虐待は、インパクトが強いと思います。

でも、虐待は、暴力などの程度の問題ではなく、虐待があったということで、虐待を受けた人のその後の人生を大きく変えてしまうものです。

ネグレクトも、虐待であり、犯罪だと私は思っています。

ただ、虐待は他人の目に触れないところで起きるから、やっかいなんです。

だから、私は、自分を使って、虐待を未然に防ぐことの重要性、過去に虐待を受けた人へのケアが必要であることを、世間に認識してもらおうとしています。

こんばんは!

お気持ちとても伝わりました。

わたしは生まれて3日めに母が亡くなり、同居人・・・・・・・・が母の戸籍

にわたしの出生届けだけ出して捨てられました。乳児院を経て子供児童相談所を経てある夫婦の養女としてもらわれる事になりました。
明治生まれの母と大正うまれの父の元で育てられる事になりました
家庭のことは複雑過ぎて表現に困りますが養父は突然、わたしをしばきまくる人で、ある時はまだ幼いわたしを持ち上げて廊下から、ひょいと持ち上げて外へ、ほおりなげてわたしは玄関の段になっている所に落ちて思い切り尾てい骨を打ち、とても痛いと同時にものすごく得体の知れない養父にものすごく恐怖の何年かを共に過ごしました。母は雷のようなドカ~ンと大きな声で怒る人でわたしは反抗ばかりしていました。その母が15の時、脳いっ血の為、突然亡くなりました。お母ちゃんを殺したのはあんたやで!何人かの人からいわれました。わたしを産んでくれた母は妊娠中毒による脳の痙攣で亡くなっています。わたしのセイで知らない間に二人の母を殺してしまったんだ・・・・
この言い知れぬ罪悪感を抱えながら今も苦しんでいます。
16の時養父に首を絞められ殺されると思いごめんなさいを言いました。。そして間もなく家を出ました・・39で精神科に入退院を繰り返し今に至っています。もう22回・・・を最後に今を生きていますが、いい出会いがあり死なずに今日まで生かされてきました。罪悪感には今も苦しめられています。あなたの苦しみを思うと自分の事のように思えてコメントさせて頂きました。ごめんなさいね。頑張りましょうね!

reinさんへ。

 reinさん、こんばんは。byhです。
コメント、ありがとうございます。
 こちらの事情で、いただいたコメントへの返事が遅くなり、申し訳ありません。

 reinさん、今まで色々と大変なことがあったのですね。
『児童相談所を経てある夫婦の...』ということは、reinさんの養父母にあたる方々は、養子が欲しいと願っていたはずでは?とコメントから感じたのですが、そういうケースにも子どもにひどいことをすることは、あまりにもつらく、悲しい気持ちになりました。

 reinさんが暴力をふるわれたり、怒鳴られる理由も、お母さま、養母の方が亡くなったことを責められる理由も全くないですよね。

 本当に、理不尽だなあと思います。

 こういう理不尽なことがない世の中になってほしいし、していきたいです。

 reinさんの『いい出会いがあり...』というお言葉と、『頑張りましょう』というお言葉に、心があたたかくなり、勇気をいただきました。

 reinさんがコメントして下さったこの記事は、去年の9月に書いたもので、当時と比べると親に対する怒りの気持ちは少なくなりましたが、かと言って決して許している訳ではありません。

 今、虐待によるトラウマの治療をしているところですが、おそらく私は、トラウマの対処法を身につけることはできても、親を許すことはなく、されたことはこれからも抱えて生きていくのだろうなあと思っています。

 それでも、今までたくさんつらい思いや我慢をしてきたから、残りの人生は自分らしく生きていきたいです。

 reinさんの抱かれている罪悪感、本当なら抱えなくても良いものだとは思いますが、私が親のことを許せないように、取り除くのは難しいかとは思いますが、reinさんが幸せを感じながら日々を過ごせることを願っています。
プロフィール

byhfs

Author:byhfs
はじめまして。byhfs ( byh )と申します。
2015年の夏に、摂食障害と診断され、仕事を休職しています。
摂食障害の原因は、過去の母親からの虐待と過干渉でした。
摂食障害だけでなく、うつ、対人関係の悩みや、引きこもり、フラッシュバックなどの虐待後遺症を抱えています。多重人格にもなってしまいました。
そんな虐待後遺症を克服するために、日々もがいていることをブログに書いています。
よろしくお願いします。

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