母親 ( 4 )


都会で、うつになっていた時、ある日突然、母親が私の家にやって来た。

妊娠検査薬の男と喧嘩して家出してきたようだった。

それで、私がうつになって、引きこもり状態になっていることがバレてしまった。

地元に強制送還となってしまったが、無職で、貯金もあまりなかった私は、母親に従うしかなかった。

…変な家だった。この頃には、妊娠検査薬の男の父親は他界していたが、ろくに知らない2人と、母親との共同生活は、相当変だった。

妊娠検査薬の男と、その娘は、悪い人ではない。突然、居候を始めた私にも優しくしてくれた。でも、お互いが無理をして、必要以上に気を使っている感じだった。変な空気だったが、それに気づいていないのは母親だけだった。

看護学校には、何とか自分の貯金で学費を払っていたが、その他の生活費は母親から援助してもらった。屈辱的だったけど、どうすることもできなかった。

何とか一発で国家試験に合格し、看護師になった私は、すぐに今の家に引っ越した。

ただ、やっぱり、居候して借りを作ってしまったから、母親の前での『いい子ちゃん』は、やめることができなかった。

そして、約10年が過ぎ、私がメニエール病になった時、母親の過干渉がまた始まった。
「そんなフラフラの状態で、仕事も休んでいるのなら、実家に帰ってきなさい」と言われたが、「今の家の方が病院に近いから、このままでいい」と言って、何とか実家に戻ることは回避できた。

でも、この頃から、私は、食事がまともに摂れなくなった。みるみるうちに体重は減り、40kgを切ってしまった。母親や、職場の人に「ちゃんと食べないとダメだよ」と言われるのがつらかった。
食べないといけないのは、充分わかっているけど、食べられないから私も困っているのだ。
でも、仕事に穴をあけて、散々迷惑かけているのに、職場の人に「食事の話はしないで下さい」とは言えなかった。
だから、せめて身内には食事の話に触れて欲しくなくて、母親に、「お願いだから、食事の話はしないで。食べないといけないのは、自分でもわかっているけど、今はそれができないから」と頼みこんだ。

…でも、空気が読めない母親は、そんな私に、電話やメールで、「今日は何をどれだけ食べたか?」と聞いてきた。返事をするのが嫌でメールや電話をスルーすると、私が電話に出るまで、しつこく電話をしてきた。大量の差し入れを家まで持ってきた。私は、差し入れは黙って受け取り、食べずに捨てていた。

…この時点で、限界が来た。

もう、『いい子ちゃん』はできなくなった…。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

byhfs

Author:byhfs
はじめまして。byhfs ( byh )と申します。
2015年の夏に、摂食障害と診断され、仕事を休職しています。
摂食障害の原因は、過去の母親からの虐待と過干渉でした。
摂食障害だけでなく、うつ、対人関係の悩みや、引きこもり、フラッシュバックなどの虐待後遺症を抱えています。多重人格にもなってしまいました。
そんな虐待後遺症を克服するために、日々もがいていることをブログに書いています。
よろしくお願いします。

ランキングに参加しています。ご協力お願いします!

メンタルヘルスランキングへ

FC2Blog Ranking

カウンター ( 2016 8/18~ )
オンラインカウンター
現在の閲覧者数:
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QR