体は鈍感、心は敏感。


『体は鈍感、心は敏感。』


これは、何のことかと言うと、『痛み』についてです。


私は、あまり体の痛みを感じません。

それは、過去の虐待に関係していると思っています。

小さい頃、ぶたれたり、殴られたり、蹴られたりしている時、私は、手を思いっきりグーの形にして、握りこぶしを作り、掌に爪を立てることによって、ぶたれたり、殴られたり、蹴られたりする痛みを感じないようにしていました。

大人になってからは、そういう行為をする機会はありませんが、私は、体の痛みに鈍感になってしまったようです。


20代の頃の話ですが、私は、ご飯を食べている途中で歯が欠けました。
そして、その直後に顔中が痛くなり、翌日、歯科医院に行きました。

そこで、先生にこう言われました。
「なぜ、ここまで放置していた?この状態になるまでに、かなりの痛みがあったはずだ。
歯の神経はとっくになくなっています。顎の手術が必要な一歩手前の状態ですよ。
痛みを我慢することは、偉いことじゃない。痛みは、体からの大事なサインなんだ。もう、こんなに我慢したらダメだよ、分かった?」

私は、「・・・。」でした。

だって、前の日まで全然痛くなかったんだもん。本当に…。



虐待と向き合うようになって、私が体の痛みに鈍感な理由が何となく分かってきました。

おそらく、身体的虐待に耐えるためには、体の痛みに鈍感にならなければ、やっていけなかったからだと思います。




それに比較し、心の痛みに対しては、とても敏感です。

これは、虐待に限らず、いじめられた経験がある人、誰かに心を傷つけられた経験のある人の中には、これから私が書く内容にピンと来る人もいるのではないでしょうか?


「他人の痛みを、まるで自分の痛みのように感じることがありませんか?」

私は、よくあります。

だから、看護師の仕事をしていた時に、患者さんからよく、
「byhさんなら、この気持ち、分かってくれるかな?って思って話した。」
と言われることがありました。


だから、私は、自分にできるだけのことを患者さんにしていました。

すると、他のスタッフから、いちゃもんをつけられました。

「byhさん、どういうつもり?私達は、患者さんの何でも屋じゃないんだよ。
あなたは、患者さんに肩入れし過ぎ。あなたのやっていることを看護師全員がすると思われるの、はっきり言って迷惑なんだけど?」
と言われました。

でも、私は、頑固です。自分の考えは曲げませんでした。

患者さんには、
「○○さん、ごめんなさい。私はこういう話をしたりするのが好きなんですが、スタッフ全員がそうではないんですよ。
本当は、こういうことはあってはいけないのですが、今、私に話してくれたことを聞いてくれないスタッフが中にはいるということを許して下さい。私は、できるだけのことをします。」
と説明し、自分なりの看護をしていました。


多分、何不自由なく大人になった人は、この感覚は分からないんだろうなあ。と思います。



私のブログを読んで下さっている方は、まだ少ないとは思いますが、人の痛みを自分の痛みのように感じる方が多いのではないかなと思います。

矛盾していますが、私は、このブログで、自分の虐待経験を赤裸々に語っています。
それを読んで、傷ついている方がいらっしゃったら、本当に申し訳ありません。

でも、前にもブログに書きましたが、私は、虐待の現状を社会に知ってもらうためには、経験者が真実を語ることが必要だと考えています。

私の勝手なわがままですが、許して下さい。


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プロフィール

byhfs

Author:byhfs
はじめまして。byhfs ( byh )と申します。
2015年の夏に、摂食障害と診断され、仕事を休職しています。
摂食障害の原因は、過去の母親からの虐待と過干渉でした。
摂食障害だけでなく、うつ、対人関係の悩みや、引きこもり、フラッシュバックなどの虐待後遺症を抱えています。多重人格にもなってしまいました。
そんな虐待後遺症を克服するために、日々もがいていることをブログに書いています。
よろしくお願いします。

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